京都の川 |
京都の川のはなし |
京都の川のはなし京都の川でよく知られている鴨川、桂川、宇治川はそれぞれ全く違った顔(性格)を持っています。 |
| 【鴨川】 ☆字が変わる? 昔から、下鴨で賀茂川と高野川が合流する地点から北を「賀茂川」、 南を「鴨川」と呼んでいます。 ☆暴れん坊川だった! 鴨川のもとの流れは今の堀川通りでしたが、 平安遷都(794)の際に都の東辺に付け替えたため、 しばしば氾濫を起こしたことは白河法皇が″天下の三不如意″の一つに賀茂の水を あげていることからもよく分かります。 昭和12年の護岸大改修事業により、 今のように人々に親しまれる河原(高水敷き護岸)に整備されました。 |
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| 【桂川】 ☆呼び名が変わる? 上流部は「上桂川」、「大堰(おおい)川」と呼ばれ、 亀岡の保津橋で「保津(ほづ)川」と名を変え、雄大な保津峡谷を成しています。 嵐山に至り、渡月橋を過ぎた地点から「桂川」と呼ばれるようになります。 ☆保津峡 ― スリルとパノラマ景観を満喫しよう! 亀岡から嵐山までの約16kmは、保津峡と呼ばれ 四季を通じて美しい景観を見せてくれます。 ◆「(遊船)保津川下り」はスリル満点!船頭さんの棹さばきが見もの!! ◆右岸の旧JR山陰線跡には「トロッコ列車」が走り、 四季折々の素晴らしいパノラマ景観が観賞できます。 |
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| 【宇治川】 ☆琵琶湖から流れる唯一の川 宇治川の上流の呼び名は「瀬田川」といいます。 琵琶湖に入る川は多いが、流れる川はこの瀬田川だけです。 滋賀県から京都府に入り、「宇治川」となります。 ☆巨椋池(おぐらいけ)ってご存知ですか? 京都の南端にあった面積794haの池で、昭和16年に巨椋池干拓地が 完成したことにより消滅しました。 もとは巨椋池に3つの川(桂川、宇治川、木津川)が合流し、 淀川となって下流へ流れていましたが、 豊臣秀吉が伏見城築城の際に治水工事を行い、 宇治川の流れを今のように変えたというんだからすごいですよね! ちなみに、豊臣秀吉はその時 ”槙島堤”,”淀堤”,”太閤堤”,”大池堤”の4つの 堤防を築いていますが、今も大和街道(国道24号)の一部にもなっている“太閤堤” が最も有名ですね。 京都の川の歴史を紐解くと、先人たちの非常に大胆な構想とスケールの大きさ、 それを実行したレベルの高い技術を確かめることができます。 (これでも私は一応技術屋の端くれなのですが、完全に脱帽状態!!) |
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